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名古屋地方裁判所 昭和36年(む)1259号 判決

被告人 渡辺幸雄

決  定

(被告人、弁護人氏名略)

右被告人に対する窃盗被告事件について、昭和三六年九月一二日名古屋簡易裁判所裁判官小久保義憲がなした保釈却下決定に対し、右申立人より準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の理由の要旨は、被告人には前科がなく本件が初犯であり、又本件各犯行は時間的、場所的にも相近接し、全体として接続犯的性質を有するもので性質上一個の犯罪であるから、本件は常習としてなされたとは言えないこと、被告人は住居不定ではなく、現に被告人の母が身許引受書を提出しているから住居不定とは言えないことの二点より原決定は不当であるから、これを取消し保釈許可の決定を求めると言うにある。

一件記録によると、被告人は、昭和三六年九月二日、別紙記載の公訴事実により起訴されたこと、同年八月二五日、右事実中第一の事実につき刑事訴訟法第六〇条第一乃至第三号に該当するものとして勾留されていること、同年九月一二日、右弁護人から保釈の請求があり、同日名古屋簡易裁判所裁判官小久保義憲が刑事訴訟法第八九条第三号及び第六号に該当するものとして、右請求を却下したことが明らかである。

ところで、検察官提出の資料によると、なるほど被告人には道交法違反を除き窃盗等の前科はないけれども、昭和三六年四月頃勤務先の市場でみかんを盗んで取調べを受けたことがあり、その頃より被告人の生活態度が乱れ、真面目に勤労する意欲に欠け、無為徒食していたことを窺知することができる。そして本件公訴事実の如く、昭和三六年七月一四日より同年八月一六日迄の間、遊興飲食費の無くなるごとに、松本らと共謀して、前後五回に亘り、いずれも午前一時頃から午前三時頃迄と言う真夜中に自動車で工事現場よりレールなどを盗み出していたものであり、(尚この間、被告人は単独で原動機付自転車一台を盗んでいる)更にこの間、被告人は母と口論の上、七、五〇〇円を持出して遊興費に当てており、それ以後は母の許にも寄りつかず、定まつた住居もなく、名古屋駅ホームなどで寝とまりしていた状態にあつたことが認められる。

以上により、本件犯罪は、すり犯の如くその性質自体より直に常習性の発現であると言うことは出来ないけれども、いずれも工事現場や道路などに置いてあるものを盗んで来るという犯罪の態様、及びその犯行の日時の間隔、更には、被告人は本件より二、三ヶ月以前に窃盗容疑で取調べられていること、その頃より勤労意欲に欠け、本籍地の実家にも寄りつかず、無為に遊興していたもので、金が無くなるごとに窃盗を働きそれに当てていたものであり、遊興費従つて又生活費を窃盗行為により得ていたという被告人の生活態度や環境など諸般の事情より検討するとき、被告人は常習として本件犯行を犯したものというほかない。又被告人は本件犯行当時(逮捕、勾留当時も)、前記の如く、本籍地の実家を飛出して住居不定の状態にあつたものである。弁護人は、現在母や知己が身許引受書を出しているから、住居不定ではないと主張するが、右引受書の提出により被告人の住居が特定するとは言えず、むしろ右引受書はその引受の確実性の有無を考慮して、裁量による保釈の許否の判断資料にされるべきものと考える。

そこで本件は刑事訴訟法第八九条第三号、及び第六号に該当することが明らかであるから、同条所定のいわゆる必要的保釈の場合に当らないと言うべきである。

次にすゝんで、裁量による保釈を許すべきか否かにつき案ずるに、被告人の母や知己作成の身許引受書が提出されているが、被告人の現在の生活態度、環境、家出した経緯などよりその引受の確実性は疑わしく、本件記録にあらわれた全資料によるも、被告人に対し刑事訴訟法第九〇条による裁量保釈を許すのが「適当な場合」であると認めることができない。又本件により、被告人が勾留状の執行をうけたのは昭和三六年八月二五日であり、同法第九一条にいう「拘禁が不当に長くなつた場合」にも該当しないと考える。

従つて、原決定が刑事訴訟法第八九条第三号、第六号に該当するものとして保釈請求を却下したのは結局正当であつて本件準抗告は理由がない。よつて刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項後段によりこれを棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 赤間鎮雄 高橋正之 中田耕三)

公訴事実

被告人は、

第一、昭和三六年八月九日午後九時四五分頃、名古屋市西区上名古屋町西内江二〇番地千成パチンコ店前路上において、土屋和夫所有の中古トウハツ五九年型第二種原動機付自転車一台(時価六万円相当)を窃取し、

第二、松本忠、八木洋太郎と共謀の上、

(一) 昭和三六年七月一四日午前〇時三〇分頃、一宮市萩原町大字中島字道地々内農道において、蜂須賀孫一所有の中古トロツコ用レール七三本(時価一〇万九千五百円相当)を窃取し

(二) 同月三一日午前一時頃、右同所において、右同人所有の中古トロツコ用レール二〇本(時価三万円相当)を窃取し

(三) 同年八月四日午前〇時三〇分頃、右同所において、右同人所有の中古トロツコ用レール二五本(時価三万七千五百円相当)を窃取し

(四) 同月一六日午前一時頃、西春日井郡新川町大字助七新田字申塚キリンビール建設工事現場において、大成建設株式会社岐阜営業所後藤一義管理に係る新品鉄筋六〇本(時価一万二千円相当)を窃取し

(五) 同日午前三時頃、名古屋市北区楠町大字味鋺字落合熊谷組新川中橋築造工事現場において、同所熊谷組現場監督鈴木和夫管理に係る新品キヤリヤーアンカー一〇丁(時価三万五千円相当)を窃取し

たものである。

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